【小学1年生、ガチ宝探し①】「いずきちちゃん、お友達になろう。」と気持ちの悪い笑顔で寄ってきた彼女は、天然パーマのふわふわな髪の毛が肩のあたりでくるんと巻いていて、そこだけは少しうらやましいと思った。ひざ丈の水色のスカートに白いブラウスがまぶしい。グレーのシャツに黒いパンツを履いている私の地味さを引き立てるようで近寄ってもらいたくないと心の隅で思ったのは、私も女であることの証拠なんだと今なら思える。
天然パーマの彼女の名前は早紀ちゃん。ぜんぜん知らない女の子。小学校に入学してたまたま同じクラスになった、席も隣というわけでもないし、近いわけでもない。なぜ突然私に「友達になろう。」などと声を掛けてきたのかどう考えてもわからない。私はケツがむずむずと痒くなるその直接的すぎるセリフを、何の抵抗もなく笑顔で言える早紀ちゃんという女の子に不信感を抱かずにはいられなかった。
私は早紀ちゃんに声を掛けられてから、その返答として適切な言葉を懸命探した。素直に「うん、いいよ。」とはなぜか言いたくなかったからだ。こんな時に何も考えずに「うん、友達になろう。」と言えたなら「友達100人できるかな」の歌を歌う時に変な気持ちになったりしないのかも知れない。私に足りないのはそういうところなのではないかと、前向きになることも考えたりしたけれど、でもどうしても早紀ちゃんに対して心から友達になりたいとは思えない。
野生のカン…というものがあるとしたら、たぶんそう、これ。
決して自分に自信があるわけではない。でも私はわりと自分のカンを信じるタイプで実際に今でもそうだと思う。説明はできないけれど好きになれるかなれないかはすぐに分かる。だから私は早紀ちゃんにこう言った。
「…遠慮しときます…。」
私は昔から攻撃的な性格に見られるタイプだけど、実はそんなことはないと自分では思っている。相手が私に危害を加えようとするから身を守るために戦うだけであって、自分からそうそう攻撃をしかけたりはしない。もちろんウンコ野郎には「ウンコ野郎」と言うけれど、でもウンコ野郎ではない人に「ウンコ野郎」とは言わない。(←当たり前、当然)
だからこういう時、関わってくる人が絶対に好きになれないタイプだとしても、無駄な争いが起きぬよう大人しくしていようと思う。相手は私に対して戦いを申し入れたわけではない。友好的な態度で交流を求めているのだ。いくら私が相手、早紀ちゃんを気に入らないからといって酷いことを言ってはいけないという「常識」なるものをきちんと守ろうと思い、実行しているのだ。
私に興味を持っても面白くないですよ、私はつまらないヤツですよ、だから他を当たって下さいね…という意味を込めた「遠慮しときます。」が私の出した答えだった。
困惑している様子で「…遠慮しときます…。」と言った私に、早紀ちゃんは少しも怯まずに強引な笑顔で
「そんな悲しいこと言わないで、ね、友達になろうよ。」
ときっぱり言う。私はそこまで強引な人間に関わったことがこれまでになかったので、小学校というところは恐ろしいところでもあると思いながら、イライラしつつも今後どのような流れになっていくのだろうと不安になった。
はたしてこういう女の子に対して、
「そういうのは苦手なのでぜひやめてもらいたい」とか
「迷惑なのでぜひやめてもらいたい」とか
「ケツがむず痒いのでぜひやめてもらいたい」とか
「笑顔が気持ち悪いのでぜひぜひやめてもらいたい」とか
「とにかくどうしてもぜひぜひぜひやめてもらいたい」とか…
そういう言葉を言っていいものかどうか、悩んでしまう。
イヤダ。という感情を理解してもらうために必要になる否定の言葉。こんな時にその否定の言葉をどこまで正直に表現していいのか私には分からなかった。黙り込むしかない私。そんな私にちっともお構いなしに早紀ちゃんの声が降ってくる。
「今日、一緒に帰ろう?私の家すぐそこだから遊びに来て。ちょっとでもいいから。ね。」
遠慮したいと申し出た私に対してこんなことを言える人間が理解できない。相手に迷惑ではないだろうか…とか、いくら子供でも思うものだと思いませんか、先生!と大きな声で叫びたかったけど、まだまだ根性の座っていない私にはそんなことは言えない。
無言になってしまう私を、まっすぐ見つめる早紀ちゃんの笑顔がなんともいやらしいものに思えて不気味だった。それなのに私は次のセリフが見つからなくて、うなずいてしまった。
負けた。
邪悪なものが光の天使に屈した瞬間のように思えてならなかった。しかもその光の天使に禍々しさを感じるのに、それは邪悪なるものが邪悪であるからこそ感じる悲しい性で、どこまでも自分が間違っている生物なんだと感じさせられたような気さえした。
でも、小学校に入学してまだ何日もたっていない状態での初めての寄り道。相手が早紀ちゃんであることに抵抗はあったけれど、別の意味では少しワクワクもする。冒険に出るようなワクワク感だ。
入学前に母親と何度も通学路を歩く練習をしていたので、案内された早紀ちゃんの家は何度も通った事のある道沿いにあった。白くて新しい大きな家で、洋風な玄関の扉がステキだ。私の知っている「家」ではなく、まるで物語に出てくるような背景に見えた。窓のカーテンが見たこともないヒラヒラで飾られていて、どこかのお城を思わせる。純和風の「家」しか知らない私が初めて他人の家を羨ましいと感じた瞬間だった。そして明るい黄緑の多い庭と白い建物に溶け込んでいく早紀ちゃんの水色のスカートが、あまりにもステキだったから感動と共に憧れのような感情が押し寄せてきた。
ああ、もしかしたら私は早紀ちゃんがステキだからヤキモチのような感情があって彼女を嫌いだと思ってしまったのかも知れない。
だとしたら私は最低なのではないか?邪悪すぎる…。
心優しい女の子に対して素直に心が開けないのは自分に劣等感のようなものがあったから?
本当は自分にできないことやないものに憧れているだけなのか?
…本当はケツが痒くても、私もこうでありたいと思っているのか??
自分のことが分からなくなった。
勝手に野生のカンだと思ったけど、本当は違ったのだろうかと自分に対して自信が持てなくなる。早紀ちゃんをむやみに嫌う理由が自分で分からないのはなぜなんだろう。反省すべきはやっぱり私なのだろうか…。
でも…でも、でも、でも、早紀ちゃんはこうして見るとステキだけれど、どうしても何かが心に引っかかってたまらない。
何で?何でだ?一体私は早紀ちゃんの何がそんなに気に食わない?
私はその日、早紀ちゃんの部屋でジュースとお菓子をごちそうになった。でも彼女の部屋ではほとんど黙り込むことしかできなかった。自分の感情が分からなくなったのが初めてで、とても困惑していたのだ。
可愛らしいモノに囲まれて暮らす早紀ちゃん。
ピンクが大好きだと言う早紀ちゃん。
サンリオグッズを私に見せてくれた早紀ちゃん。
パティ&ジミーを知らなかった私に驚いていた早紀ちゃん。
模様つきのティッシュを集めている早紀ちゃん。
ハートのポシェットがお気に入りだと言う早紀ちゃん。
…あれ?…たしかに洋風の玄関とお庭がステキだと思ったけど、可愛らしいモノに囲まれている早紀ちゃんは別にうらやましくもなんともない。
というよりぜんぜん好みじゃないです、そんなもの。
だって私はキティちゃんより、鋼鉄ジーグ…。
あれ? あれ? あれ?????
ますます分からなくなっていった私は、奈落の底にでも落ちていくかのような勢いで、心の迷宮へと入り込んでいくような気持ちになった。
早紀ちゃんの家からの帰り道、いろいろ考えながらとぼとぼと歩く。自分の家にたどり着いたけど、どうにも気持ちの悪い一日だったということが分かっただけで、たいしたことは考えられなかった。考えても答えの出ないことはをいつまでも考え続けることができない私の性格は昔から。だからやっぱり深くは考えなくて、ちゃんとした悩み事になんて発展しない。
これで早紀ちゃんとお友達になってしまったとしても、まぁいいか。
別に私に危害を加えないのであれば、そんな心の狭いことを言わなくたっていいじゃないか。友達結構、イヤだったら深く関わらなければいいんだから。
と、結局最後は適当な考えで終わらせる脳天気な私だった。
それから学校で何度か早紀ちゃんに声を掛けられて、適当な返事をしたことがあったけれどこれといって仲良しになるわけでもなく何日かが過ぎる。
しかしある日突然、早紀ちゃんがこんなことを言ってきた。
「いずきちちゃん、私今度はいずきちちゃんのおうちに行ってみたいなぁ。」
うわぁ…ヤダなぁ…というのが私の正直な気持ち。だからなんでそんなにイヤなんだろうとも思うのだけれど、とにかくイヤだった。でも私は一度彼女の家に招待してもらっている身だったので即答で断れない。どうにか理由をつけて断ることもできるけど、いつかは家に連れて行かなくてはいけない日が来るんだったら早い方がいい。面倒なことは後回しにしていてもろくなことはない。きっと一度でも招待すれば気が済むんだろう。だったらさっさと終わらせようと思った。
私は覚悟を決め、その日のうちに早紀ちゃんを自分の部屋に招待することにした。
一瞬でも家に入れればいいんだ。部屋の中なんて最高に汚いけれど別にいいや。イヤだったらもう来ないだろう…そんなことを考えながら、まだまだ明るい午後の道をポテポテと歩きながら、時々愛想笑いなるものを早紀ちゃんに向けつつ、自分の家まで案内していた。
当時私の学習デスクはリビングのような場所にあった。リフォームの大好きな親で、私の学習デスクを置くためのスペースを確保するために、ただの廊下だった場所を広々とした快適空間へと変えた。だから生活はほとんどリビング周辺で、私個人の部屋は二階にあったけれど、そこはほとんどおもちゃ置き場のような物置で、戦隊モノの人形やへそからミサイルが出る大きなライディーン、でもコメットさん(大場久美子)のバトンもあったりと、性別にハテナマークがつくようなごちゃごちゃした空間になっていた。
はて?友達を招待するのがこの部屋でいいのだろうか…?
近所の友達と遊ぶ時は、そのごちゃごちゃ部屋で遊んでいたけれど、心配なのはそいつらはみんな男の子であり、ちゃんとした女の子の友達なんて同じ年の従妹くらいしかその部屋に入ったことがない。学校という世界で知り合った女の子のお友達をはたしてあの部屋に招待して大丈夫だろうか…。よくよく考えてみると早紀ちゃんの部屋はぜんぜん違ったような気がするぞ…?
いろいろ思うことはあっても今からではもう遅い。
案内している最中であるのにもかかわらず、今更的なことをぐだぐだと考えたりもしていた。
不安要素はあったものの、そのごちゃごちゃ部屋に早紀ちゃんを案内し、母親に友達を連れてきたからと、お菓子とジュースを用意してもらう。
その部屋で早紀ちゃんはいろんな感想を述べていたけれど、どうでもいいようなことばかりで私は生返事を繰り返していた。基本的に早紀ちゃんはあまり興味深い話をしないことにこの辺で気がつく。なるほど属性そのものが違うんだからと、今になれば思うけれど当時はそんな言葉も知らない「友達100人できるかな」世代。つまらない会話を無理してすることも「正しいこと」だと信じつつ、黒い思いに囚われないようにと自分なりに努力していたのだ。
私がこんなにもつまらないんだから、たぶん早紀ちゃんの方もかなりつまらないんじゃないかな…と、思い始めたころ早紀ちゃんは「もう帰ろうかな。」と言った。いや、このときの私にとっては言ってくれた。ありがとう、というカンジだった。時間は20分もたっていなかった。
はっきり言って何しに来たか分かりませんよね、アンタ…
そんなカンジの20分。
それでも早紀ちゃんは笑顔で、玄関まで見送る私に「また遊ぼうね。」と言う。
腹の底から何考えてんのかワカラナイタイプだと思いつつ、とりあえずは「うん」とか言わないといけないと思い口を開き声を出そうとした時だった。
カツーン………
安っぽい金属が落ちた軽々しい音が静かな玄関に響く。
早紀ちゃんが靴を履くために少し屈んだ時、彼女のポケットから落ちたものがその音を出した。音とほぼ同時に落ちた物体を見た私は、見覚えのある物体がなぜ早紀ちゃんのポケットから出てくるのか、その意味を考えた。
なんで…?
早紀ちゃんのポケットから落ちたモノが、どう考えても私の持ち物である事実。
なんで…?
私の持ち物であるハートに矢が刺さった金色のブローチを見つめながら、一瞬であるはずのその時間、私の頭の中はショック過ぎて走馬灯きちゃったよみたいに、ぐるぐるといろんなことを考えていた。
つづく
だって今日は飲み会だもん。
準備があるから、また明日…いや、明日は二日酔いの恐れがある為、来週ですな。
だったら、今日とかそういう中途半端な時間に書くんじゃないよっ!
って思った人に謝っておこう。
ごめんなちゃい。
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